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2014年06月08日
ブライダルスナップの記憶 4
 「新婦が式に出たくない!と言っておられます!」意味のわからない言葉にとまどった。現場では絶対に焦らない私は事情を理解しようとした。焦れば、正常な判断が出来ず必ずミスを誘発する。また、自分の周りで起きていることを情報を集め理解した上でジャッジをしなければ間違った判断をしかねない。
 
 情報を集めた結果、事実は難しいものだった。
私の仕事は写真を撮ることである。その時最高のパフォーマンスが発揮出来るように全てをそこに合わせてきている。分かり易い比喩で言えばボクシングの試合みたいなもの。だからこそ難しいと感じたのは最高の結果を得るために難しい状況という意味であり、会場にとっての難しいという意味ではない。たくさんのゲストを招き、挙式の一時間前に挙式をしたくない、と言っている彼女をどう撮影していくのか、。新郎や両親達が右往左往している中で私はその事だけを思っていた。
勿論困っているプランナーや新郎とも話し、相談に乗り、事態がより最善と思える結果になるように一緒に考え、行動していた。
 
 二時間後、とっくに挙式の時間を過ぎた事態はみんなの努力により挙式が始まることになった。眼が、虚ろに感じる。ただ私はその中で最善を尽くした記憶がある。そんな挙式後、彼女に救世主が登場した。愛犬。もう名前は忘れてしまったが、その救世主の登場で彼女の眼は優しく綺麗になった。
何よりも彼女の心を救ったものは想像も付かないものだった。
初めて捉えられた笑顔。周りのみんなも安心をした様子で、私は最高の一枚の一つを残したと思っている。
愛犬の彼女に抱かれている、多分いつもの場所。その愛犬を抱きしめる彼女の安堵感、美しさ、これからも一緒の中で信頼をし続けていくだろうということが想像出来る、そんな事が伝わる一枚だと思っている。
 
 今回の話のコアはここにあります。
私はたくさんある写真の表現の中で、感情表現が好きでした。綺麗な夕陽の中の写真も好きですがその写真を見てそれを見ている人がずっと想いに耽る、そんな写真を求めて来ました。キスシーンのシルエットや周り無駄にに空間を作った写真も表現の内ですが、私には深いものを感じられません。
 
 丁度、篠山紀信さんの「写真力」という個展が開かれていましたが、被写体の内面性の表現力はずば抜けていると感じます。技術や見た目のインパクトは結果にすぐ結びつくためとらわれがちになりますが、本来は被写体との勝負であると思います。人が変わっているだけで写真は同じ。そんなブライダルスナップばかりを撮影している人のなんと多いことか、。
 
 ほら、記憶にないですか?素晴らしい映画のエンディングにズーンと考えさせられる、あれです。余韻に浸っていたいと言う、あれです。
これからどんどん急速に写真は変わっていき、それが写真、とこれからの世代の人達は思うのでしょう。でも私の中の写真はもっと深いものを求めて行きたいと思っています。